ショルティ/シカゴの「イタリア」

2009年2月8日 (日)

一昨日の夜、CS音楽放送のクラシカジャパンでメンデルスゾーンの「イタリア」を聴いた。演奏は、ゲオルグ・ショルティ/シカゴ交響楽団。演奏会の収録画像で、1976年オーケストラ・ホール(シカゴ)の映像だ。いまから約33年前の古いモノクロ映像だ。

ショルティは眼光鋭い。あの目で射すくめられたらオーケストラ団員は萎縮してしまうだろう。しかしその棒は良くなかった。指揮の動作が速すぎ、一拍一拍がパチッと決まりすぎてしまう。それが穏やかな楽章でそうなのだ。あの棒ではメンデルスゾーンらしい「歌」は歌えない。また表現の幅が非常に狭かった。単にダイナミックレンジが変化するだけ。表情の変化は、弦楽器のヴィブラートの深さだけなのだ。この曲の緩徐楽章に欲しいニュアンスの変化は皆無だった。

それから非常に気になったのがリズム。小節の最後の拍がほとんどいつもほんのちょっとだけ短いのだ。オケはシカゴ響で、ホルンのトップは名手クレベンジャーが吹いていた。彼のメヌエット・トリオのソロもそう。いつも最後の拍が短いと、聴いていて非常に落ち着かない。先へ先へせき立てられる感じになってしまう。

私の感じた表現の幅の狭さは、録音の時代が古すぎるせいかもしれない。今の時代なら同じシカゴ響でも違うかもしれない。しかしアメリカのオケだから今でもニュアンスの幅は狭いのかもしれない。なにせアメリカのオケの演奏しているCDは家にほとんど無いのでわからない。

それからリズムが気になったのは、私が古楽人間であるせいかもしれない。モダン楽器のオーケストラでは、遅れることは罪悪なのだ。一方、古楽の世界では、飛び出す(先へ行ってしまう)ことは罪悪なのだ。古楽の視点に立つと、あのような演奏は私にはリズムが耐えられない。フルオーケストラを聞くには、私の頭をモダンにリセットしてからでなければならないようだ。

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