物忘れは「若者」の専売特許

2007年7月16日 (月)

歳とともに物忘れがひどくなるのは定説である。なぜか忘れやすいのは固有名詞。我が家でも会話になぜか「あれ」、「それ」等の代名詞が増えているのは歳のせいか。それほど歳を取っているつもりはないのだが。老化現象による健忘症とは別に、なんと物忘れは、IT機器などの科学の進歩の「成果」らしい、という記事を読んだ。先日のCNN/ロイターの記事自宅の電話番号などの「失念症候群」と、携帯普及での話題である。

アイルランド・ダブリンにあるトリニティー大学の心理学教授らが3000人を対象に実施した調査

によれば

四分の一が自宅の固定電話の番号を忘れ、三分の二が友人3人以上もしくは家族の一員の誕生日を失念していたという。

なんと、四分の一が自宅の固定電話の番号を忘れたとは、その率の高さに驚かされる。そして

世代別では、ハイテク機器に慣れている若者世代によるこれらの記憶力低下が著しかった。30歳以下は50歳以上に比べ、覚えている誕生日や数字の数が少なかったという。また、調査対象者の三分の二は、重要な日付を確認するため電話などの電子機器に依存していた。

物忘れは壮年以降の専売特許で若者には無縁、といままで私は思っていたが、この調査では逆に若年層のほうが記憶力低下とのこと。

電車に乗るとかなりの人数が携帯電話を操作している。携帯電話嫌いの私としては、電車に乗っている時間まで人と繋がっていたい人たち、そして携帯でのコミュニケーションを望み対面でのそれを嫌う人たち、に非常に批判的だ。携帯の弊害として、携帯は人から対面コミュニケーション能力を奪う代物、と私は考えていた。しかし携帯の弊害はそんなものではなく、携帯は人から記憶能力という人間の基本的能力を奪う代物だったのだ。

記憶は思考の前提である。様々な情報を記憶して初めて、それらを有機的に繋げた思考というものが可能になるのだ。記憶能力が低下ということは、思考能力、しいてはすべての知性の低下に結びつくのだ。

このブログでは時々、政治を論理的に思考できない人たちを揶揄している。その主なターゲットは、思考無しでムードで政治を判断して右傾化している若年層の人たちだ。最も携帯を使う層である若年層の思考力が弱いのは、なるほど、その携帯などの電子機器に負うところが大だったのだ。

そして、電子機器が人間の能力を奪った端緒、それは電卓かもしれない。電卓が人間の暗算能力を奪ったのだ。

ひとがひとである所以はその思考能力だ。その前提となる記憶能力が失われつつあるということは、人類はIT機器がゆえに滅びるかもしれない、そう思った。

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