ケント・ナガノのジュピター

2007年8月14日 (火)

昨晩、CS放送のクラシカ・ジャパンで次の放送を見た。

モーツァルト:交響曲第41番ハ長調K551『ジュピター』
[指揮]ケント・ナガノ
[演奏]ベルリン・ドイツ交響楽団
[収録]2005年フィルハーモニー(ベルリン)

ナガノの曲目解説付き映像だった。

私は古楽器愛好家なのでモダン楽器のオーケストラはあまり聴かない。ただ一部の指揮者の演奏は聴く。その指揮者の共通点は、声部の明瞭な分離だ。つまり各声部がクリアに分離されすべての声部が聞き取れるような演奏のことであり、私はそのような演奏が好きだ。

ケント・ナガノは私にとってそのような指揮者の一人である。彼のメシアンのCDはたまにではあるが聴いている。

さてこのジュピターの演奏だが、この曲をナガノが入念に研究した跡がよくわかる演奏だった。ナガノの解説によればこの曲はさまざまな対比があり、その対比をモーツァルトが天才的手腕で統合した箇所が随所にあるとか。正反対の概念とその統合、という言い方もできるかもしれない。確かにそのような観点から入念に計算尽くされた非常に知的な演奏だった。オケ団員もナガノの音楽を汲み取り表現しようとしていることも良くわかった。

ただオケがそれほど上手くないのは残念。音が濁っている。番組中のインタビューで団員はナガノが透明な音色でに演奏したいことはよく理解していたが、出てきた音は透明ではなかった。

またインタビュー中でフルート奏者が、フルートは少しピッチを高く取ることの効果を話しており、そのとおりほんの少し高めに演奏していた。これは古楽器愛好家の私にとっては大変残念。古楽器奏者にとっていつもピッチを高く取るモダンフルート吹きは「天敵」のような存在。古楽器の世界ではいつも少し高め、はありえないからだ。まあ、この演奏はモダン楽器による演奏なのでこの点は批判できないかもしれないが。

驚いたのはチェロ。一瞬だが、古楽器の音がしたからだ。裸ガット(金属を巻いていないガット弦)のような倍音豊かな音がしたのだ。その後のチェロ団員のインタビューを見てその理由はわかった。このオーケストラは古楽器界の巨匠、アーノンクールが振ったことがあったそうな。そしてそのチェロ団員は、そのときの古楽器奏法と通常のモダン奏法の中間くらいでこのナガノ指揮ジュピターを演奏したとか。

それにしてもナガノは演奏がそうであるように非常に知的な人物だ。(少し暗いが。)スコアを入念に研究する指揮者のようで、彼自身の曲目解説でもその研究の深さはよくわかった。例えばひとつひとつのフレーズの意味をすべて考え抜いているようだった。

古楽器オケなら、指揮者はこれほど研究しないだろう。古楽器奏法に則って「普通に」演奏すれば、「モーツァルトらしい」演奏になってしまうからだ。(なにをもって「モーツァルトらしい」と定義するかはここでは述べない。)片やモダン楽器オケでは考え抜かないと良い演奏ができない。このあたりがモダン楽器によるモーツァルト演奏の難しさかもしれない。

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