カテゴリー:世相批判

もうウンザリ

2009年2月10日 (火)

今の日本の政治の低迷にはもうウンザリだ。なんといっても麻生首相の総理大臣としての資質の無さが問題だ。そして無能なのにいつまでも政権にしがみついている。民主党も信用できない部分(例えば大連立)もあるが、とりあえずは自民党政治を終わらせることが急務だ。しかし麻生首相はますますの支持率低迷で解散する気配は無い。

この状況に、溜飲の下がる記事を見つけた。日刊ゲンダイのゲンダイネット2月10日記事今日のゲンダイから引用する。

もう少しまともな政治家はいないのか
麻生内閣の支持率がダウンに次ぐダウンでついに14%という数字まで出た。不支持はなんと70%以上。そりゃそうだ。国会での答弁がテレビ中継されるたびにおバカさんぶりが暴露されている。あの顔、あの声、あの言葉遣い。口を開くたび、何かをやるたびに支持率は下がるばかり。これで総選挙になれば、自公政権与党へ投票する有権者はガクンと減るに決まっている。自公の議員たちも、これほどのおバカさんを首相に担いで選挙を戦えるつもりはないと知っているのに、どうするつもりなのか。もう少しマトモな政治家を担いだらどうなのか。(C)ゲンダイネット

国歌を間違えた政治家

2007年8月11日 (土)

少し前だが8月3日の毎日新聞記事ベルギー:次期首相候補、間違って仏国歌を熱唱について。

ベルギーの次期首相候補、ルテルム氏(キリスト教民主フランドル党)が、同国の建国記念日に、テレビ局の記者に国歌を歌うよう求められ、誤ってフランス国歌を歌った

祝賀会場の入り口で待ち構えた記者の求めにベルギー国歌ではなく、仏国歌「ラ・マルセイエーズ」を歌い、中継された。両国歌は曲・歌詞とも全く違い、初めは「冗談」との観測も出たが同月23日、同氏が謝罪。問題が大きくなった。

ほとんどの日本「国民」は同氏を政治家の資格無し、という感想を持つだろう。私の感想は全く異なる。政治家が国歌を間違えるようなベルギーという国の市民の国家意識の低さがうらやましい、と思ったのだ。

そもそもベルギーはフランス語圏、オランダ語圏の二言語圏があって対立している。国歌を間違えたルテルム氏はオランダ語圏。そして間違えた歌が相手側のフランス国歌とは、同氏がそもそも「国歌」という意識、さらには「国家」という意識が低いことを伺わせる。つまり同氏は、ベルギー国に所属する国民の意識ではなく、おそらくヨーロッパ市民の意識なのだろう。

翻って日本。某一家を賛美する歌を国歌として市民に強制する動きが急速だ。私の予想だが、将来「国歌侮辱罪」という罪が新設され、このブログのように「国歌」を揶揄したり、寝そべったりラーメンを食べながら国歌を聞くと逮捕される日が来るのではないだろうか。

それにしても日本を米国の属国として米国主導の戦争に巻き込まれる体制を作りつつある・作った小泉・安倍両氏は、国歌を歌えと言われたら米国国歌を歌うに違いない。

ちなみに私は国家を統治するシンボルである国歌・国旗というものに完全に反対である。このことについてはいつか話題にしたい。が、その前に政治を少し勉強する必要があるようだ。

それはさておき、私個人は「日本国民」ではなく「地球市民」でいたい。だから、国歌を間違えたベルギーの政治家に拍手。

(このブログでは、政治を論理的に考えることのできる人を「市民」、考えることができずに感情・ムードで政治を判断する愚民を「国民」と記している。)

日本国は借金大国ではなかった

2007年8月10日 (金)

日本国は借金大国。日本の借金時計によれば、本日現在日本の借金は約769兆円。この借金時計を見ると借金が刻々と増えてゆくのがわかる。本当の借金額はもっと大きいようで、6月末に財務省が発表した数値では債務残高は834兆円とか。

ところが森永卓郎氏の記事「順調に進む財政再建」をひた隠す理由によれば、日本の財政は順調に再建が進んでおり増税は不要、とのこと。こんな説を聞いたことはなかった。早速読んでみた。以下、引用する。

まず、わたしの目を引いたのは、債務残高の伸びが鈍ってきたという事実である。債務残高の増加額を、前年度と比べてみると次のようになる。

  2004年度  79兆円
  2005年度  45兆円
  2006年度  7兆円

 このように、ここ3年間で債務の伸びは急速に小さくなっていることが分かるだろう。実は、この債務の伸びの鈍化というのは、考えようによっては債務残高の額自体よりも重要なことなのである。

 それはなぜか。借金が多少増えても、経済規模の拡大がそれを上回れば実質的な負担は減るからだ。

確かにこの数値を見ると、債務の伸びは急速に小さくなっている。

そこで、債務残高の GDP比を計算すると、2005年度は 1.64倍だったのに対して、2006年度は 1.63倍と下がったことが分かる。2006年度は、債務は 0.8%(7兆円)しか増えなかったのに対して、名目成長率は 1.4%とそれより高かったからである。

 これはどういうことか。つまり、日本の財政再建の当面の目標が、昨年度で達成されたのだ。バブル崩壊以降、厳しい歳出削減を行いながら、ようやく財政再建目標が達成され、日本の財政が健全化の方向に歩みはじめたのである。

なんと、昨年度の債務の伸びは名目成長率より低く、それは「財政再建目標が達成され、日本の財政が健全化の方向に歩みはじめた」とのこと。このような大事なことを述べた人がいままでいないのは何故なのか?それは、消費税増税のため、と森永氏は言う。

消費税については、参院選の自民大敗を受けて、この秋からの増税議論が難しい状況になってはいるが、時期は別にして政府内ではもはや既定路線になっている。そして、国民もしかたがないと思いはじめている。その前提となっているのが財政破綻だ。

財政破綻しているから消費税増税もある程度はやむなし、と国民・市民は思い始めたのに、前提の財政破綻が改善しているとは。口をつぐんでいる政府は卑怯だ。

そればかりではない。借金額そのものがウソ、とのこと。

我が国の債務の内訳については、元文京学院大学の教授で、日本金融財政研究所の菊池英博所長は次のように推計している。

 2006年末の国の債務のうち、外貨準備が 100兆円、財政投融資 170兆円、社会保障基金 260兆円。これらはどれも裏側に資産のあるものだ。つまり、合計して 530兆円もの金融資産を持っているというのである。

 それを差し引けば、純粋な債務は 302兆円。これは GDPの6割にすぎず、西欧諸国と比べて高いわけではない。こうしたことを考え合わせると、やはり財政危機は脱したと考えるのが適当だろう。

なんだ、借金額は本当はもっと少なかったのだ。全然財政破綻などしていないではないか。この事実について言及しない政府は許せない。我々市民は政府の増税策を巡る行動を厳しく監視する必要がある。

参議院選結果の再考と二大政党

2007年8月6日 (月)

先週の参議院選を受けて私はこのブログに記事もしすべて比例区ならを書いた。その中で私は、参議院は選挙区は不要であり比例区のみとすべきであると述べ、今回の参議院選が比例区のみだったと仮定して当選者の試算を行った。その結果はその記事をご覧いただくとして、その先を考えなければならない。

最初に検討すべきことは、この試算の正当性である。この試算が国民・市民の総意を反映しているのなら正当といえるが、残念ながら完全には反映はしていない可能性が大なので正当なものではない。あくまでも一定の傾向は判断できる「試算」である。その理由は、有権者が選挙区と比例区により票を使い分けた、ということである。選挙区は小選挙区なので死に票が出るため票を有効に行使するためには(意にそぐわなくても)二大政党から選ばなければならない。逆に比例区は小政党への票も生きるので自分の意中の政党に投票できる。ということは、今回の参議院選の選挙区の票数は国民・市民の純粋な意思を反映したものではなく、二大政党に偏った票数と考えられる。もし選挙制度が比例区のみだったら、二大政党の票数は減り小政党の票が増えた可能性が大である。

そこで試算の続編として、比例区の得票数のみで当選者数を試算してみた。

政党名 試算1(選挙区+比例区) 試算2(比例区) 実際の当選者数
自民 36 34 37
民主 48 48 60
公明 12 16 9
共産 10 9 3
社民 4 5 2
国民 2 3 2
日本 2 4 1
諸派 2 2 0
無所属 5 0 7

試算1は前回のブログ記事の数字で、選挙区+比例区の総得票数による議席配分。試算2は比例区のみの得票数による議席配分。
この表から次のことがわかる。

  1. 自民は比例区のみ配分では34議席と、宇野内閣時より少なくなる。この数字が全面に出れば安倍さんは辞めざるを得ないだろう。
  2. 民主は試算ではどちらも48。実際は60議席だったので選挙区の恩恵を最も得た政党は民主党だ。
  3. 組織が固い公明は比例区のみ試算では大躍進。
  4. 共産、社民は試算の方法により1名の増減があるのみ。

ということで、2つの試算を披露した。どちらが本当の民意に近いかは不明だが、現在の選挙制度が民意を反映した結果にならないことは確かである。民主党の得た60議席のうち12議席、つまり1/5は選挙制度による「利得」ということになる。

となると問題は、議席数は民意をできるだけ正確に反映すべきなのか、その必要はないのか、ということになる。

私の意見は、先の記事で述べたように、参議院はチェック機関でなければならずかつそこは良識の府の必要があることから、ブレが少なくかつ民意をできるだけ反映する結果となる選挙制度が望ましい、と考える。つまり参議院は比例区のみだ。

参議院と比べ、衆議院は民意を「若干」拡大した結果となるほうが良い、と考える。理由は、政権交代の機会の増大だ。日本の政治の腐敗の主な原因は、政権交代がほとんどなかったからと考える。政権交代の緊張はすべての政党に必要なのだ。そのためには、安定した結果となり易い比例代表制よりは、少し選挙区の小さな選挙制度が望ましいと考える。しかし現在の衆議院選挙の小選挙区は小さすぎるので結果が極端になり易い。前回衆議院選の小泉圧勝のように。従って、以前の中選挙区程度かそれより大きなサイズが望ましいと考える。

ここで逆の思考も必要になる。現在の小選挙区の結果生まれたのが、自民・民主の二大政党だ。この小選挙区制度のせいで、小政党は埋没してしまった。ならば、日本には同じような規模のいくつの政党が必要なのかを考え、それを実現しやすい選挙制度を次に考えなければならない。

さて日本には政党がいくつ必要だろうか。私は現在の二大政党では少ないと考える。つまり、現在の二大政党はどちらも右派なのだ。左派の受け皿は小政党しかないのだ。左右両派の受け皿がほぼ同数、が望ましい政党数と考えている。具体的には、私の理想の日本の政党は次のとおりだ。

  • 最右派政党
    現在の自民党・民主党の最右派から構成される政党。
  • 中道右派政党
    自民の大半と民主の一部から構成される政党。
  • 中道左派政党
    民主の大半と社民党から構成される政党。
  • 最左派政党
    民主の一部と市民運動家から構成される政党
  • 環境政党
    地球環境保護・地球生物と人間との共存をメインスローガンとする政党。旧来の左派・右派のカテゴリーとは別。

共産党は上記には含めない。彼らは上記政党に含まれるつもりは全く無く、ずっと独自路線を歩むと思われるからだ。それから、日本の政党に宗教は不要と考える。

このような政党がほぼ同じ規模で存在すれば、日本の政治は大変面白くなる。合従連衡が必須となり、政治に緊張が生まれるからだ。政策・法案毎に別の組み合わせとなる可能性もあり、この緊張感は政治の質を高め「国民」の政治意識を高めること間違いない。

このような4~5大政党は小党乱立のイタリアのように政治の混乱を長く招くので避けるべきだ、という意見が必ず出ると思う。しかし私は、政治の混乱の何が悪いのか、と思う。そもそも日本人は議論を避ける傾向がある。小泉前首相のように議論を封ずるとは論外。政治の混乱が活発で生産的な議論を生めば、これは日本の政治にとって大きな進歩となること必定だ。

もしすべて比例区なら

2007年7月31日 (火)

29日投票の参議院選挙について。選挙結果は民主党圧勝、自民党惨敗という結果になった。このような極端な差のつく選挙は大変危険だ。何が危険って、ヒトラーが現れたらあっという間に9割以上の支持となり両院は独裁政党がほとんどの議席を持つ、ということにもなりかねないからだ。

だから前回の衆議院選の小泉圧勝は大変危険だった。その逆のパターンが今回の結果に過ぎないのだ。

振り子が大きく揺れることになる原因は、無党派層と言われている。私に言わせればその原因は無党派層というより、感情・ムードで政治を判断する「国民」だ。マスコミの小泉提灯持ち、そして手のひらを返したような安倍バッシング。それに乗って何も考えない「国民」。この「国民」の存在が選挙結果を大きく揺らす結果になるのだ。だいたいかつての話だが小泉支持が8割を超えたなんて異常も異常。ヒトラー寸前、つまり独裁政権寸前だったと思う。

しかし「国民」の存在だけでは選挙結果が2回連続で極端に振れることにはならない。ほとんど誰も指摘していないが、その大きな原因は選挙制度だ。

そもそも小選挙区は比例区に比べ極端な結果になり易い。今回の参議院選での改選数121のうち、選挙区は73、比例区は48。改選数で見ると選挙区は比例区の1.5倍もあるのだ。そして選挙区は、衆議院の小選挙区ほどではないが小選挙区と見なせるだろう。つまり参議院選では極端な結果をもたらしやすい小選挙区が比例区の1.5倍なのだ。

さらにそもそも、参議院は法案のチェック機能がメインの良識の府でなければならない。ということは、参議院はそのときの意見を極端に反映した小選挙区では良識あるチェック機能を果たせない。国民・市民の意見を満遍なく反映するためすべて比例区とすべきと私は考える。

さて今回の参議院選がもし選挙区なしですべて比例区のみだったらどうなっていたろうか。計算してみた。非常に興味深い結果が出た。

政党名 選挙区得票数 比例区得票数 合計得票数 得票率(%) 理論当選者数 実際の当選者数
自民 18,606,193 16,544,696 35,150,889 29.72 36 37
民主 24,006,817 23,256,242 47,263,059 39.96 48 60
公明 3,534,672 7,765,324 11,299,996 9.56 12 9
共産 5,164,572 4,407,937 9,572,509 8.09 10 3
社民 1,352,018 2,634,716 3,986,734 3.37 4 2
国民 1,111,005 1,269,220 2,380,225 2.01 2 2
日本 0 1,770,697 1,770,697 1.5 2 1
諸派 477,182 1,264,848 1,742,030 1.47 2 0
無所属 5,095,168 0 5,095,168 4.31 5 7
合計 59,347,627 58,913,680 118,261,307 100 121 121

左の「選挙区得票数」、「比例区得票数」は、本日(7月31日)朝日新聞第12版の数字だ。その2つを足し合わせたフィールドがその右の「合計得票数」。その右はその「合計得票数」の「得票率(%)」。

そして右から2番目の「理論当選者数」が、すべて比例区と仮定したときの理論当選者数。一番右は今回の選挙結果の「実際の当選者数」である。

この結果から次のことがわかる。

  1. すべて比例区としても自民党の当選者数はほとんど変わらない。つまり自民党の惨敗は明らか。
  2. 民主党はすべて比例区にすると12人の減。自民よりは多いが今回の結果ほど圧勝とはならない。
  3. 公明党はすべて比例区にすると3人増。3割増ということになる。
  4. 共産党はすべて比例区にすると7人増。なんと3.3倍になる。
  5. 社民党はすべて比例区にすると2人増。2倍になる。
  6. 国民新党は変化無し。
  7. 新党日本、諸派は1,2名増。その他は2名の減。

いかがだろうか。自民党と民主党の結果は、すべて比例区にすると市民・国民の感じている割合に近いのではないだろうか。

そして共産党だけが突出した結果だ。つまり、もしすべて比例区なら7人増で3.3倍となり、公明党とほとんど同じサイズ、自民党の約1/4のサイズとなる。ということは、共産党に投票してもほとんどが死に票となるのだ。市民・国民の支持からみると共産党は本来は公明党とほとんど同じ得票の政党なのだ。

社民党も共産党ほどではないが同じ傾向だ。

民主主義の本質は少数意見の尊重のはずだ。そう考えると、一部の政党の当選者数を極端に少なくするこの選挙制度は異常だ。今の選挙制度の裏の主目的は、共産党の追い落としなのではないか、私にはそのように思えてくる。そしていまの選挙制度の決定には民主党の小沢党首がかつて大きな役割を果たしたことも忘れないでおこう。

(このブログでは、政治を論理的に考えることのできる人を「市民」、考えることができずに感情・ムードで政治を判断する愚民を「国民」と記している。)

 

QLOOK ANALYTICS