盲従が日本を駄目にした

2005年12月9日 (金)

夕刊フジBLOGの記事旧日本軍に学ぶ!?盲従こそ出世への近道に次のように書かれていた。

■旧日本軍も実行した拒絶・回避・盲従の出世3原則を守れ

 昔の日本軍には「出世の3原則」なるものがささやかれていた。拒絶・回避・盲従である。部下からの提案はすべて拒絶し、同僚などからの提案は「がんばってくれ」と言うだけで実際は回避、上司からの提案や命令には、それが明らかにまずいものであっても無条件に従うのである。(2005.11.30掲載)

なるほど、自分で価値判断ができずこの3原則を守ったから旧日本軍はアジアで残虐行為をしたのだ。会社の世界でも、この3原則は細々であるが生き残っていたと思う。私の以前の上司は銀行マンだったのだが、20年くらい前の銀行は上司に「盲従」しなければならなかった、ということをよく話していた。でも最近までは、この3原則中の「盲従」はそれほど表には出ていなかったと思う。

この3原則中で一番たちの悪いのは、「盲従」である。自分の価値判断を押さえ、上司の価値判断に迎合しなければならないからである。

そしてこの「盲従」が露骨に息を吹き返してきた。その原因が成果主義である。成果とは結局、自分ではなく上司が成果を判断する。上司の価値観で部下は行動しなければならない。そうしないと窓際・冷や飯ということになるからだ。その成果主義の横行は、上司のパワーハラスメントを招いている。部下がいくら有能でも、上司の勝ちなのだ。部下を生かすも殺すも上司の胸三寸。いかに盲従したか、で部下の運命は決まる。

部下は部下で、価値観は上司に任せ、自分の価値判断は殺してしまう。そうせざるを得ない。その結果、部下は無責任な行動に出てしまうこともある。しかし価値判断ができない彼は、自分の行動が良くわからない。

上司と部下と2つの立場で述べたが、この現象は、力に上下のある2者では必ず生まれる話である。たとえば発注元と下請け。発注元が金というパワーを駆使しそれに盲従した下請けがとんでもない行動を取った例は枚挙に暇が無い。いま話題の建築設計手抜事件もそうである。

ちなみに私は上司には盲従していない。上司と大げんかして会社を辞めた私は起業したからだ。

 

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