NHK改革

2005年12月23日 (金)

朝日新聞の社説NHK改革 「私たちの公共放送」にについての感想。

私は地上波放送は全く見ない。NHKも民放も、見なくなって10年近い。台風でアンテナの向きが変わってしまい、NHKと教育テレビは音声は聞こえるものの映像はほとんど映らない。民放はあまり綺麗ではないが一応は映るが全く見ない。もちろんこれはアナログ放送の話である。地上波デジタル受信機は持っていないし買うつもりはほとんどない。アナログ波が終了したらどうするか。きっと買わないだろう。

テレビ受信装置は、CSチューナーがあり、スカパーと契約している。クラシック音楽放送のクラシカ・ジャパンと24時間ニュースのJNNニュースバードはときどき見ている。といっても、平均して週に1時間程度だが。

というわけでNHKとの接点はまったく無い。強いて言えば、目覚ましに使用しているNHK-FM程度である。あとは車に乗ったときに聞くNHK-FMだがほとんど聞かない。そんな私だが、NHK受信料だけは払っている。大分前から口座自動引き落としなので気がつかない内に受信料を払っている、という感じか。

朝日新聞は次のように述べている。

こんな大事なことを総務相の懇談会だけで決めていいはずがない。政治との距離を問われるNHKをどうするかは国民の幅広い議論で決めるべきだ。

 その際、まず考えるべきなのは、公共放送とは何かということだろう。

 いつでも国民一人ひとりに必要な情報を伝えるのがNHKの役割だとされてきた。それが受信料を取る根拠になっている。しかし、だれにでも伝えなければならない情報とは何か。NHKが果たすべき役割とは何か。そうしたことから議論を始めるべきだ。

公共放送とは何か。一般的には、政治的な片寄りのない正確な情報を伝えること、だろう。それ以外の番組は「おまけ」と考えるべきだ。そのNHKにとって「おまけ」の部分は民放のメイン領域なので、NHKはその領域を積極的には犯すべきではない。もっとも意思があってもその部分で支持を得ることは難しいだろうが。

問題は「政治的な片寄りのない正確な情報」である。もし東京に大地震が発生して多数の死傷者が出たとき、NHKの情報は一番正確であることが期待される。そして現実的にもそれは可能だろう。しかし政治的な情報においては、片寄りのない情報というものは不可能であり、なんらかのフィルターが介されるはずだ。そしてNHKのフィルターは自民党臭あり、だ。従って私はこのフィルターを信用していない。となると、大災害時のような緊急時の正確な情報のためだけにNHK受信料を払う必要があるのか、という議論になってくる。

また、情報ソースというものは現在は多岐に亘る。私は、即時性の必要な情報なら、CS放送のJNN,BBC,CNNで収集できる。そしてニュースWEBサイトも多数あるので、即時性が必要でも情報収集には困らない。このことからも、NHKの存在意義はない。

結局、NHKの存在意義は、大地震時などの緊急時情報のみにある。そのためだけに全市民から受信料を強制的に徴収することは無理がある。となると、通常はスクランブルをかけて契約者だけ視聴することとし、緊急時にはスクランブル解除すれば良い。こうすれば全市民の納得のゆくNHK改革となるだろう。

でもこの方法は政治家は本心は反対のはずだ。政治家本人の全市民に対するプロパガンダの手段を失うからだ。残念ながらこのようにはならないだろう。

 

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