量的緩和についての立花隆氏のコラム

2005年12月28日 (水)

立花隆氏のコラム量的緩和巡る政府・日銀の工房を読んだ。

立花氏の論は完全に日銀寄りであり目新しさはない。ただ、少々気になったことが2つあった。

最近、日銀が日々に、具体的に何をやっているかを解説した本を読んで、日銀が日々のどころか時々刻々のマネーの流れの数量データをどれほど精密にリアルタイムにつかんでいてるかを知って驚いた。

マネーの流れをデータ的につかむだけでなく、日銀自身がプレーヤーとなって、その流れの微調整を何度も何度も繰り返し行うことによって、いわば日本経済全体のすみずみまで流れる血流量の最適化がはかられている。そのおかげで、このような苦境にあっても、日本の経済が破綻することなく、ここまでなんとかやってこられたのだということを知った。

政治家連中は、大雑把な大言壮語を得意とするが、マネーの流れのリアルタイムの精密な流量データから、いまただちに何をなすべきかなどという判断はしようたってできる人々ではない。

日銀がいかにプロフェショナル集団であるかを述べているが、この部分の論拠となっている日銀が日々に、具体的に何をやっているかを解説した本とはどのような本であるか、一切説明がない。この本はどのような人の書いたどのような本か説明がなければ、この部分については説得力はない。立花氏の論は信用できるかどうかわからない論の上に立っていることになる。

そして、氏は次のように述べている。

モチはモチ屋にまかすべきであって、ここで、日銀が下手に政治家連中の恫喝にヒザを屈するような事態があったら、日本経済は、前回のバブル破綻以上の大破綻をきたすことになるだろう。

この部分については大きな異論がある。そのプロフェショナル集団の日銀は、政府の反対を押し切って2000年にゼロ金利を解除した。それは失敗であり、日本は光が見えていたにもかかわらず再び不況が戻ってきた。プロフェショナル集団の日銀が何故間違えたのか、充分な説明が必要である。その失敗を総括せずに、「日銀はプロフェショナル集団なのでまかせるべきである」という氏の論には全く同意することはできない。

それにしても最近の立花氏の論には鋭さがなくなった。権力に鼻薬をかがされたのでなければ良いが。。。

 

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