太極拳

2007年7月7日 (土)

私は小さいときから運動が苦手だった。体が小さく運動神経はゼロで筋力は無し。短距離は走ればビリ、跳び箱も駄目、球技も駄目、水泳も金槌、鉄棒の懸垂はゼロ回、サッカーをすれば自軍ゴールへシュート、体は固く前傾で床に手が付いたことがない、などなど、すべてクラスで一番運動が駄目だった。唯一ビリにならずにすんだのはマラソン。ビリは必ず肥満児だったからだ。

そのような私なので、小学校・中学校時代の運動会は本当に嫌だった。前の晩、「雨よ降ってくれ!!」と念じても冷たいお天気神様は翌日を好天にしてくれたものだ。結果がビリとわかっているのに走らなければならないつらさ、運動好きの皆様にはわからないだろうね。勉強はやれば頭が良くなり、楽器も練習すれば上手くなることは経験済みだが、運動だけはたとえ走る練習をして0.1秒速くなったところで圧倒的に遅い私はビリはビリ。

その後、体も大きくなり筋力は付いたが運動が苦手の意識は相変わらずで、結局人生うん十年、運動らしい運動はまったくやらずに今まで来てしまった。そして今の仕事は一日中、というか深夜までディスプレーに向かってソフトウェアの開発。私には通勤が無いことも相まって、極端な運動不足状態だ。たが運動不足とはわかってはいても運動嫌いのため、何か運動しよう、と考えたことはなかった。

しかし数年前なんとなく体調不良が続き、私もついに重い腰を上げ運動を開始した。それが太極拳である。毎週1回、近所の道場へ通うことにした。

始めて驚いたのは、太極拳は拳法だ、ということだ。太極「拳」と拳の字が付くので拳法なのだろうが、あのゆっくりした動きが拳法、つまり武道のひとつとは思ってもみなかった。

ひとことで言うと、太極拳とは「気」を使った拳法なのだ。同じ拳法でも空手は力に頼るが太極拳は「気」による拳法なので力をできるだけ抜かなければならない。力を抜かないと気は出ないのだ。力を使わない拳法なので、太極拳は柔拳というジャンルに属する拳法とか。

ところで「気」とは、気功の「気」である。これが何であるかは科学では証明されておらず、いわゆるニューサイエンスの研究対象だ。ただ「気」が出ている・出ていないは本人は分かる。「気」が出ていると、私は皮膚の表面に暖かくピリピリしたような独特の感じがある。ただこの感じ方は個人差があるようだ。

「気」が武道に使える証明を道場で見た。師はいたずらっぽく笑いながら自分の腕に「気」を通した。その腕に、生徒が軽く触れた瞬間、その生徒は「アッ」と言って弾かれたように飛び退き、触れた箇所をさすっていた。

太極拳の練習は気功から始まる。体調不良のときはこれが気持ち良い。そして次が太極拳の型の練習だが、気を感じながら練習しようとすると、あの独特のゆっくりとした動きにならざるを得ない。ただ実戦の場では太極拳は非常に速い動きらしい。

太極拳道場には約10ヶ月通ったがだんだんに足が遠のいてしまった。99ある型のうち、また2/3程度だ。太極拳は型を全部マスターしたところがスタート地点、と師に言われていたのでまだスタート地点にも達する前で止まってしまった、ということだ。

ただ、ときどき思い出したように気功と、型を練習している。気功だけでなく、太極拳の型までゆっくり練習すると気がさらに満ちる感じがするのが不思議ではある。拳法としての太極拳はマスターしていないが健康法としての太極拳はある程度マスターできているようだ。

 

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